2012年11月13日火曜日

明日のエンジニアのために

日本人は、まわりの人を非常に気にする。「自分は普通の人間か? 同じになっているか?」 みんなと同じということは楽しく感じることもある。しかし周りに合わせなければならないということは、自由にならないことでもあり、ストレスの原因にもなる。 この個人主義、多様性と対極にある慣例/思想(護送船団方式)はビジネスの世界に大きな影響を与えている。

人間にしかできない仕事、それは創造

最近の設計は、1人の担当する部分は機器の内部でごく小さな部分に限られる。 すると仕事は機械的になり、仕事のおもしろみ・やりがいを感じにくくなってくる。

人は本来、「創造的な仕事をしたい、より良い仕事をしたい」という欲求がある。 しかしあまりに硬直した組織ではそれこそロボットのような働き方になってしまう。

人間の隣で人の形をしたロボットが活躍する時期が直ぐそこまで来ている。 その時、経営者はロボットを買ったほうが得か、人間を雇用したほうが得か比較をする。 人間がロボットの真似をしてもロボット以上の成果を出すのは難しいであろう。

だから人間は人間にしかできない仕事、つまり「創造的な仕事」に移行する必要がある。 やる気を引き出すためにも、1つの価値観を強制するのではなく、現場に判断を任せることが必要であろう。 人件費の安いアジア諸国と競争をしなければならないことを考えても、人間がロボット的な仕事の仕方をしているのは得策ではない。

製造から設計/開発中心に

製造ラインでは、まるで時計仕掛けのように働かなければならないことが多い。 日本人は、まわりの人を非常に気にする。「自分は普通の人間か? 同じになっているか?」 この文化が「チームワーク」「帰属性」に寄与し、日本は製造業で成功したのだと思う。

しかし時代が変わり、ロボットがやるような仕事は機械(あるいは本物のロボット)にとって変わられるし、人件費の安い国と競争するのに不利となる。機械化できない精緻な手作業的な仕事は将来にわたって残っていくと思われるが、そのような仕事の需要は少ない。

設計/開発を行うには長期にわたる人材の教育が必要であるため、簡単にはまねできない。 日本は、資源がない代わりに教育水準が高い。 なので製造中心の仕事から、設計/開発中心に変えてゆくのが良いだろう。

設計/開発は適材適所

設計/開発では、多くの知識が必要、個人の素養が重要である。 最近の電子機器は非常に多機能になっており、1つの機種全体を把握するのは困難になってきている。一人前のエンジニアになるには10年以上の年月がかかる。

全ての人が同じにならなければならないとすると、製品全体の広大な知識を1人1人が全て持たなければならなくなり、多くの時間やコストがかかる。教育のコストを削減し、できるだけ早く一人前として仕事ができるようにするには、異なる能力/知識の人間を組み合わせて、お互いに欠けている所を補うようにするのが良い。つまり「多様性が必要」

そして必然的に異なる知識を持つ人材を組み合わせて1つのプロジェクトを実行する必要があり、人材の組み合わせ方(適材適所)がプロジェクト成功のカギとなる。

現場の判断を優先する

製造部での働き方を設計部で強要していないだろうか? 経営者/管理職も技術的なことを理解したうえで判断したいということなのだろうが、何か判断をする毎に、細かいことまでいちいち会議をしていると、基礎知識の勉強会みたいになってしまい、判断が遅くなるばかりでなく、無駄な作業工数が発生する。

設計/開発においては、技術の進歩が早く、過去にエンジニアであった人も現場から離れて、数年経つと浦島太郎になってしまう。管理職が現場を通ったときに、たまたま耳にした情報で指示をしようとすると間違った指示をしてしまうかもしれない。また判断するには過去から現在にいたる話の流れを知っていないと正しい判断をできないということもある。

細かいことまでいちいち上司が規定するのは部下を信用していないというメッセージを発しているのと同じ。(部下を否定している) 自分で判断をして仕事が成功したというのは「認められた」→「やる気」に結びつく。

設計/開発においては技術的な判断はエンジニア(各パートのスペシャリスト)が行う。 そして技術的な最終判断はプロジェクトリーダーが行うべき。 経営者/管理職は政治的な判断を行う。

アサインの重要性

設計/開発では適材適所が重要となる。

人は自身の経験や知識でしか判断できないので自分と同じやり方をすれば成功すると考える。 上司と部下では経験や知識が異なり、その時の環境もことなるのでうまくいくとは限らない。 自分が以前成功したやり方だからというだけではなく、どうしてそうなるのか論理的な議論も必要だ。

上司は失敗することが心配でアドバイスをするのだが、やはり実際に経験しないと納得できないということがある。失敗すればその分コスト、時間を浪費してしまうが、教育という側面からは失敗を経験させることが必要だ。

ビジネスでは、責任が発生ある。 失敗するとやり直しのために大変な思いをするだけでなく、回りにも迷惑をかけてしまう。 このことを身をもって経験させるのは意義がある。(失敗した時のコストにもよるが...) 上司のやり方が正しかったと分かれば信用があがり、次回から従うようになるだろう。 納得していないのに無理強いするとお互いにストレスが発生し、最悪の場合、人間関係が破綻することさえある。人間はロボットとは違うので、感情に配慮することが必要だ。

ゆえにやり方を強制するのではなく、どの仕事に誰を割り当てるか(アサイン)を慎重に決めることが非常に重要だ。アサインは、個人の知識や経験に配慮して決めることが基本となるが、性格の不一致があるので上司と部下の組み合わせにも注意する。大人になって自身の気質を変えるのは不可能に近いからだ。

どんな能力があるか、何がやりたいか本人とコミュニケーションをとり、上の都合だけで決めてはいけない。

やる気を取り戻すには

皆さんの会社では生き生きと仕事をしている人が多いだろうか、それとも死んだ魚の目をした人が多いだろうか? 本当に「会社に感謝し、一生つくして行きたいと思っている人」はどれぐらいだろうか? 労働者の「やる気」を奪っているものはなんであろうか?

命令だけして、失敗したときに回りの責任にし、逃げてしまう人がいると「やる気」を失う。 部下は上司に仕事の結果を報告する義務があるが、上司は部下に仕事の結果を報告する義務はない(失敗を容易に隠蔽することができる)。

失敗の原因は、上司の判断ミスだけではなく、部下の実力不足もあるかもしれない。 しかし上司の命令に従って仕事をしたのに部下のせいにしてしまうと信用を失うことになる。

であるから「責任はその命令を出した人間がとる」。

役職が上に行けば行くほど権限が大きくなり、業務命令を出すことのできる範囲が大きくなる。 経営者になったなら会社全体のいかなることについても口を挟むことができる。 しかし会社内のことを全て判断できるわけでもないし、やはり責任をとりたくないということもあるであろう。 それに気になった所だけ口を挟んでいるとどの案件も中途半端になってしまい結局、現場に迷惑をかけることになる。

だから役割分担を明確にし、まかせる所は現場に任せる。 経営者は経営のプロ(会社全体の大局を見極める、政治的な決定)となり、管理職は管理のプロ(政治的な決定、労働者の評価、アサイン、金銭の管理)となり、エンジニアは技術的な判断を行う。 誰がどのような命令を出し、その結果がどうなったか見えるようにすること(会社の透明化)も必要であろう。

在宅勤務、2交代制の可能性

既存の価値観を捨て、大胆な改革があっても良い。たとえばITの技術が進んでいるので在宅勤務が可能な職種が多くあるはずだ。

コンピュータ関連の仕事はほぼパソコンだけあれば仕事ができる。日本人の平均通勤時間が1時間20分だとされるが、これが削減できれば交通費、時間などが節約できるはずだ。満員電車の中、1時間20分の体力消費もばかにならない。

技術が進んでも在宅勤務が普及しないのは、「労働者を監視していないとさぼるのではないか」とか、 「部署によって在宅勤務を許可したり/しなかったりすると不公平だといった声がでる(ことなかれ主義)」、従来タイムカードで給料を決めていたがその手法が使えなくなる、などの理由がある。

仕事の分割が悪く、コミュニケーションの量が増大し、口頭の手段のみを選択しているので常に顔をあわせていなければ仕事ができなくなっているということがあるかもしれない。

たしかに監視していないとさぼる人もでるだろうがそれは結果を評価し、結果に基づき給料が支払われれば良いし、自己管理のできない人は在宅勤務禁止にし出社してもらえば良い。 自己管理できる人とできない人を同じ条件にするのは「平等」ではない。これは苦情がでるのがいやだから逃げているだけの「ことなかれ主義」だ。結果を平等に評価し、それに応じた対応をする。 その方が事務所の面積が少なくて済むし、労働者も通勤の苦労をしなくて済む。

設計/開発ではとても残業が多い、早く新商品を発売することは企業にとって利益になるからだ。 この分野では情報の共有が難しく、2交代制が難しかった。ITの技術を用いて情報の共有ができるようになれば2交代制をしき、残業なしで業務を遂行できるようになるのではないだろうか? これは雇用対策としても有効なはず。

フレックスについてももっと多く普及しても良いはずだ。 フレックスが可能な職種であってもフレックスになっていないのは、「朝早く出勤させた方が沢山残業させることができるから」とかしょうもない理由だったりする。コアタイムを10時にするとみんな10時出勤になってしまうのはそれだけ無理な労働をさせていて、本当に楽しんで仕事をしていないということを指し示しており、結局、使用者と現場が本音で話せていないことの暗示でもある。

土日に出勤をし、平日に休みを選択できる会社、あるいは出社時間が極端に遅い会社があっても良い。 あまりにみんな同じなならなければならないという思いが強いのである時間帯に集中してしまう。せめてラッシュアワーの時間帯だけでも避けることができれば体力の消耗も少なくてすむし、電力消費のピークも低くてすむ。大震災の影響で電力消費のピーク低減は急務であるはず。

今こそ柔軟な発想が必要であろう。

まとめ

日本の会社には改革が必要ということを繰り返し言った。

やらなければならないことは、  「護送船団方式」「ことなかれ主義」を捨てる。 どの仕事に誰を割り当てるか(アサイン)を慎重に決めること、役割分担を明確にすること。 仕事のやり方を強制するのではなく、適材適所(社内での人材流動化、その会社に合わなければ転職)。 結果を評価する。丸投げをやめる。 政治的な決定と技術的な決定をはっきり分ける。 プロジェクトリーダがまとめ役としての役割を発揮すること。 プロジェクトリーダーは、年齢や勤続年数で決めるのではなく、有識者を指名する。 個人での判断を拡大し、その代わりにその責任は判断をした人間に負わせる。

「つらいのは今だけだ、しばらく辛抱すれば高度成長の時のような景気の良い時代になる」と言い 改革を行わない人は多い。インフレからデフレの時代に変わり、日本の人件費は高騰した。デフレの時代は長期化すると推測される。ビジネスの環境が変わったことを認め、改革が必要である。

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